「ぴあぱーく妙典」をのぞく

第148回3月(花見月)スギの落枝第148回3月(花見月)スギの落枝

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市川には南北問題があるんじゃないか? ずっとそんな気がしている。あるとき、「市川の北の方には、梨街道っていうのがあるんですって?」

そういわれて、絶句してしまった! 信じられない気がするけれど、総武線沿いに暮らしている人には、そうなってしまうのかもしれない。

反対にいえば、江戸川(放水路)の向こう、行徳橋を渡った先には行ったこともない、という北方系の人たちも、かなりの確率でいることになるのだろう。

去年の暮れに明光企画発行の行徳新聞などに、公園エリアが一部オープン「ぴあぱーく妙典」の紹介記事が載っていた。江戸川下流の下妙典に新しい公園を建設中で、5月頃に正式オープンされるらしい。これはぜひ見に行かねば。

積雪警報も出て風の強い2月中旬に2回、本八幡の南口から浦安行きのバスに乗り行徳橋南詰で下車、川沿いに南下しながら歩き回ることにした。距離にすれば南詰のバス停から、2キロほどの距離に目指す公園があることになる。

降りた場所周辺はまだ工事中で、しばしば迂回を強いられ川から遠ざかることもあったりする。そんな場所に大きな看板が立っていた。「江戸川右岸河原地先高潮堤防整備工事」・・・高潮及び洪水被害を防ぐため、堤防を整備していますと。行徳地区は、南隣りの浦安市と同様に平均海抜は3mぐらいかという地域である。

この地域にあまり詳しくない方も多いと思われるので、横道にそれることなく川筋に沿って順にご紹介していこう。

バス停のすぐ前には、春日神社と胡録神社が並んでいて、ほんのちょっと住宅地の中を通過し新行徳橋の登り口の階段に出る。

一つ目の水色に塗られた水管橋が見えれば、そこから先は堤防の上をほぼ一直線になる。

妙典小が見えるあたりには、桜オーナーがそれぞれの深い思いを込めたカワヅザクラが列植されていて、最初の一株は2月10日頃に咲き始めた。進行左側の河川敷にはヨシなどの群落、そのすぐ向うにはトビ
ハゼ護岸の石積みも見えてくる。

この紹介展示は大町の動植物園2階にある自然博物館見学と、次の機会につなげてほしい。市川市には三つの博物館があるんですよ!

東西線の鉄橋のすぐ向うに二つ目の水管橋が見える。こっちの方は直径1mの水道管、行徳の野鳥観察舎「あいねすと」の北側には、排水の終末処理場はあるが、浄水施設はない。各家庭や工場などで使うすべての上水は、はるか遠くの印旛沼などから運ばれてくるわけだ。

個人差は大きいが水の使用量は1日一人で500から700ℓ ぐらいか。この管をどのくらいの流速で水が流れるのか、1日に流れる水量は? ずっと気がかりで企業局などで尋ねたが言葉をにごして教えてくれな
い。どうやら万一の事件も考えての企業秘密であるらしかった。

そこから先の堤防上の道は広く舗装されてきれいになる。以前はよく子どもエコクラブの生きもの調べなどで使ったドロンコ干潟の場所を左に見て、ぴあぱーく妙典に到着!

両屋根の大きな管理棟はまだ工事中だったが、北側から回りこむようにしてオープンされた子ども広場の方へ向かう。

植栽はかなり植えこまれて新芽が出そろうのが待たれる。お子様用の遊具広場は、そこいらの神社の片隅にある赤・青・黄色のブランコや滑り台とはかなり違って、夢多い感じで楽しくなる。

何故かカタカナで「インクルーシブ遊具広場」というらしい。滑り台などは丸みを帯びたプラスチック製?でケガ防止が考慮されている。

「この広場は、障がいのある子もない子もいっしょに楽しめるみんなの広場です。遊びを通して多様性を自然と受け入れ、人と社会とのつながりが生まれる場所に」と解説されている。

まだほとんど使われていないトイレものぞいてみた。真ん中には車いすもゆったりと回転できるユニバーサルデザインのトイレ。

左側は男性用で便器は二つ。右側は女性用で三つ。大勢が同時に押し寄せたり、災害時の避難用としては、ちょっと少ないかな。これらは正式オープン前の仮設なのかもしれない。自転車の駐輪場は35台分、車は40台とかなりのスペースをとっている。

植栽で気になることもちょっとある。入口のツツジの所は砕石やコンクリートのかけらが多数入り込んだ土。弱アルカリ性になって、ツツジなどが枯れこまなければいいが。海からの潮風が強く吹きすさぶこともあるだろう。風上側にタブノキなどの防風林が必要になるのかも。

緩いスロープの両側には、60㎝と80㎝の2段の手すりがついていたのは親切! 直角に曲がる植え込みと通路の境目の所は、すぐに踏み込まれてしまうだろう。 とかく人はみんなせっかちで、図面通りにゆっ
たりとは歩いてくれずに、ショートカットしたがるものだから。

ましてや元気な子供たちが集団で走ったりしたら・・・。ともあれ、この地域に大きな公園はなかった。

高齢者激増の時代は目前。 ここが多くの人にとって、新しい多様なつながりの場所でありますように!

いずれはベテランの運動指導員や保育士・介護士などもスタッフに加わって、明るい笑顔が響きあうことを期待したい。

自分の場合、川辺の広がりには四季それぞれの変化があり、ユリカモメが飛来したり堤防に野草の花が咲き、人も含め様々な生きものの暮らしを感じさせてくれるのが嬉しい。空の広がりや、かすかな潮の香りも街なかでは感じられない貴重なものだ。

だが、駐車場を抜けた所が正式な入り口だったらしい。妙典中の入口から真っすぐ先に、妙典駅近くのイオンの看板が見えるのだった。車でここに来た人たちは、川の流れも水管橋のことも、カニやトビハゼのことも、何も眺めて感じることもなく、真っすぐに来て、一回りして帰っていくのだろう。

足どりが、ちょっと重くなってきた。

(ブログ投稿日時 2023-03-07)

第148回3月(花見月)スギの落枝

2月上旬に、我が家から30分ほどの市民の森で拾ったスギの枯れ枝。茶色のものや緑のものなど。しばらく流しの前に飾って置いたら、薄茶色の雄花序から大量の花粉が落ちて、台所の流しが薄黄色の花粉だらけになっているのに慌てた。

第148回3月(花見月)スギの落枝

第148回3月(花見月)スギの落枝

《1日3~4時間、完成まで10日を要したそうです。緻密な絵をご鑑賞ください。》

裸子植物としては、イチョウやソテツ、そしてクロマツなどはずいぶんと絵を描いてきたが、スギをまじかに眺めて絵を描くこともしなかったのは迂闊だった。

ところで、市川でスギが生えていて、手の届く高さで花粉の出方を確かめられる状態になっているのはどこだろう。そういう視点でスギの分布を調べたことも、裸子植物の生活史を調べたこともなかった。

虫媒花の植物が昆虫たちを呼び込むために共進化した歴史は、多くの人に良く知られているが、風媒花はみんなに嫌われ邪魔者扱いされているのは差別発言だ! 屋久島の大王スギは樹齢3000年、縄文杉は
2170年と最近の研究ではいわれている。

本棚から古い資料を引きずり出す。昭和54年(1979)に当時の千葉県林務課から発行された「山武林業」が出てきて読みふける。挿し穂の寸法などが8寸から1尺などと書かれているのに驚いた。銚子へ向かう途中の日向駅から歩いて、昔の林業試験場に行っていたこなども今は懐かしい。

スギの仲間、日本海側の積雪が多い地域では下枝が雪に押されて地面につき、そこから発根する。アシウスギ(ウラスギ)とよばれ、変種として扱われている。

それにしてもこの大量の花粉! 市街地の多い市川では、風の流れに乗っての行く先にパートナーの雌花などが待っているはずもないわけだ。けっこう長い時間をかけて枯れはてたスギの枝先を見つけ続けてイラストを描きながら、ちょっとはうら寂しい気分になったりもする春である。

(ブログ投稿日時 2023-03-07)